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2019/01/02

初夢はいかがでしたか

1月2日というと、初夢は今朝の夢だったのでしょうか。

と、辞書を見てみると

○日本国語大辞典

はつ‐ゆめ 【初夢】
年の初めに見る夢。

(イ)節分の夜から立春の明けがたに見る夢。

*山家集〔12C後〕上「たつ春の朝よみける 年くれぬ春来べしとは思ひ寝にまさしく見えてかなふ初夢」

*俳諧・増山の井〔1663〕正月「初夢 立春の朝の夢也」

*随筆・嬉遊笑覧〔1830〕八「いつにても節分の夜のを初夢とするなり。今江戸にて元日をおきて二日の夜とするものは其故をしらず」

(ロ)大晦日の夜から元日の朝にかけて見る夢。または正月元日の夜の夢。また、二日の夜の夢。宝船の絵を枕の下に敷いて寝ると吉夢を見るといわれる。《季・新年》

*俳諧・曠野〔1689〕二・歳旦「初夢や浜名の橋の今のさま〈越人〉」

*俳諧・改正月令博物筌〔1808〕正月「初夢(ハツユメ) 大晦日夜より元日あかつきにいたるまでに見る夢也」

*随筆・守貞漫稿〔1837〜53〕二三「正月二日〈略〉今夜の夢を初夢と云」

旧暦(太陰暦)と異なり、現代の暦(太陽暦)では、立春と正月が離れているので、このように分かれざるを得ない。
ちなみに、2019年の節分は2月3日で、立春は2月4日、旧元日は2月5日。

日本大百科全書では、

 新しい年を迎えて初めてみる夢。その吉凶で年間の運勢を判断する「夢占(ゆめうら)」の習俗は古く、以前は節分の夜(立春の朝)の夢を初夢としたが、暦制の関係から除夜や元日の夜に移り、やがて「事始め」の正月2日の夜の夢に一定したらしい。

 すでに室町時代には正月2日夜「宝船」の紙を枕(まくら)の下に置いて寝る風習が始まっており、江戸時代に下ると「宝船売り」が江戸の風物詩として広く親しまれるようにもなっていた。七福神の宝船図、「ながきよのとおのねぶりのみなめざめ、なみのりふねのおとのよきかな」という回文の歌などもつとに固定したらしい。

 ともかく初夢に特別の関心が寄せられると、こうした「吉夢」をみようというまじないが生じ、また「悪夢」は宝船に添えて川に流す風習や、夢を食べるという架空の動物「バク」の絵を用いるといった「夢たがえ」の風習も生じた。「夢占」という、夢で吉凶を判ずる庶民の伝統は古いが、とくに年初の「初夢」には関心が強く、こうした「初夢」の習俗をおのずから生ずることになったのである。

世界大百科事典では、

 正月に初めて見る夢のことで,その内容からその年の吉凶を占う夢占の意図があった。  正月2日が仕事始めであるので,2日に見る夢を初夢といい,〈一富士・二鷹・三茄子(なすび)〉を縁起の良い夢の代表とした。一部には〈夢は逆夢〉といい,逆の結果を予想する所もある。

 中国の俗説を受けて,良い夢を見るために,夢を食うという貘(ばく)を描いた紙を枕の下に入れて寝る習俗が,宮中や公家を中心に広まり,室町時代には宝船の絵を敷いて寝るようにもなった。

 江戸時代,とくに浮世絵の隆盛をみる元禄期から,この習俗は一般庶民の間に広まって,七福神も付け加えられ,元日には,〈お宝,お宝〉といって絵を売り歩く宝船売の姿が見られた。

 これらの絵は,悪い夢を見た場合には,翌日の朝に川などに流す習慣で,前年の厄をそれにつけて流し去る意図もあった。元来は,邪鬼を払うための呪具を,枕の下に敷く風習が変化したものである。

 初夢は,西行の《山家集》にも見られるように,古くは節分の夜,すなわち立春の朝の夢をいったらしく,上方にはその風習が残ったが,江戸では大晦日や元日の夜,後には2日の夜を初夢とした。夢は,人間と神仏が交わる回路と信じられており,初夢は,年の変り目という時間のさけめにあたって,夢枕に立つ神仏のお告げを知る夢占の性格が強いのが本来のあり方である。

B国立国会図書館蔵「寶船之圖」

船に乗っている七福神はお馴染みですが、酒壺の上で柄杓を手に踊っているのは猩猩。能の猩猩(孝行息子に汲めども尽きぬ酒壺を与えた)ですが、絵によっては、酒壺と柄杓だけで表現したものも。

七福神と言えば、夷(えびす)・大黒・毘沙門(びしゃもん)天・弁才天・福禄寿・寿(じゅ)老人・布袋(ほてい)。
ただし、寿老人は福禄寿と同体異名だとして、代りに吉祥天または猩猩(しょうじょう)を配することもあるようです。

正月2日は、「事始め」。「吉書始め」に「書き初め」の日。
さて、そろそろお仕事を始める時分でしょうか。

かき‐ぞめ 【書初】

新年に初めて毛筆で文字を書く正月の行事。昔から、一月二日(江戸時代、寺子屋などでは五日)に恵方(えほう)に向かってめでたい意味の詩歌成句などを書いた。ふではじめ。吉書初(きっしょはじ)め。試筆。かきはじめ。《季・新年》

*満済准后日記‐応永一八年〔1411〕正月一日「声明始〈略〉書初等如年々」

*俳諧・玉海集〔1656〕一・春「かきそめの真行草や三ケ日〈重員〉」

*日次紀事〔1685〕正月二日「書初(ソメ)今日公武両家及地下良賤各々試筆。是謂書初」

*浮世草子・西鶴織留〔1694〕一・一「親仁の書初(カキソメ)に毎年さだまって遺言状をしたため」

*諸国風俗問状答〔19C前〕阿波国高河原村風俗問状答・正月・一二「此日書初と申て、先執筆仕、目出度詩又は歌を書候て年徳神へ供」

語誌

起源としては、鎌倉時代より行なわれた武家の「吉書初(きっしょはじめ)」が考えられる。武家の「吉書初」は朝廷で行なわれていた「吉書奏(きっしょのそう)」を模したもので、年首や将軍代始などに行なわれた。また、禅宗寺院でも正月に字をしたためることが年頭の行事として行なわれており、これが庶民に広まったものと思われる。【日本国語大辞典】

美術館・博物館、公園なども今日・明日から始まるところが増えています。
東京国立博物館では、「博物館に初もうで」
これも楽しみの一つ。「吉書」ならぬ「吉画」の見始めもよいものです。

ただ、近年「日本の伝統」というキーワードをやたら聞くようになりましたが、
「伝統」の本質は、「変化」だと私は思います。

「行事」とは、時代に、土地に合わせて何らかの文化・慣習が作り出されたもの。
それが、その時なぜ行われ、改変されたのか、「昔からあるから」「伝統だから」ということではなく、
その由来や来歴、今行うことの意義を理解してこその文化・慣習でしょう。

いや、そんな理屈抜きにしてもイベントは学んでこそいっそう楽しいもの。
お正月という年の区切り、この時期ならではのもの、大いに楽しみたいものです。

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