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2006/04/19

亜欧堂田善の時代

『亜欧堂田善の時代』展 
会期 2006年3月4日(土)~4月16日(日)
会場 府中市美術館

協力 須賀川市立博物館・JRA東京競馬場

授業のブログを2本増やしたところ、どうもパソコンの調子が悪い…。そうこうしているうちに、あれやこれやが終わってしまう(ToT)/~~~

もう終わってしまいました(-_-;)すみません。『亜欧堂田善の時代』展です。

去年の今ごろは『百花の絵』展が行われていました。

毎年、桜の季節に府中市立美術館に行くのはとても楽しみです。Dscf0975
とはいえ、今年は出遅れてしまったので、桜並木ももうすっかり葉桜。けれど一本だけ満開の木がありました。Dscf0976

 さて、亜欧堂田善とは何者か。司馬江漢と並ぶ江戸時代の代表的な洋風画家として知られている…そうです。でも、司馬江漢より微妙に知名度が低かったかも。
 福島県の須賀川の出身ということで須賀川市立博物館が亜欧堂田善コレクションをもっているそうです。須賀川市立博物館というところは、以前俳諧刷の資料集を出していたと覚えています。資料紹介にとても熱心なところなのです。ありがたいことです。
 もともと、須賀川の染物師であったそうですが47歳のときに白川藩主松平定信に起用されたことによって、本格的に画人となったとのこと。
 亜欧堂田善 寛保元年(1748)~文政五年(1822)  75歳で没。
 松平定信  宝暦八年(1758)~文政十二年(1829) 72歳で没。
 司馬江漢            ?~文政元年(1818)  72歳で没。

普通の辞書を開いてみたところ司馬江漢とともに亜欧堂田善、しっかりありました。

 しば‐こうかん(‥カウカン)【司馬江漢】 江戸後期の画家、思想家。はじめ狩野派に学び、さらに浮世絵・写生画を描いていたが、後年洋画に転じ、また銅版画を作る。思想家としても地動説の紹介など進歩的立場をとった。代表作「地球全図(銅版)」「相州鎌倉七里浜図」。(一七三八~一八一八)

 あおうどうでんぜん(アオウダウ‥)【亜欧堂田善】
江戸中期の画家。岩代(福島県)の人。本名、永田善吉。洋画、銅版画の技法を修得。江戸風景の傑作を残す。(一七四八~一八二三)


Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)小学館 1988
Aoudoudenzen

 江戸時代の日本の風景を思い浮かべようとすると、まず浮かぶのが広重や北斎の浮世絵です。しかし、浮世絵全盛の一方に、微妙に異なる風景画があった。ということを教えてくれるのが、この亜欧堂田善の風景画、銅版画です。Aoudoudenzenn
浮世絵の色が見事なまでに明るく美しいのに対し、亜欧堂田善の絵は色も描写も美しくはありません。ただ、妙にひきつけられるものがあります。写実、とも微妙に違うのですが…。

若冲といい、近年注目される絵師たちはとにかく強烈な迫力があります。古典文学の世界とはちょっと異なる個性です。亜欧堂田善、こういう人が福島にいたとは不思議なものです。

 先年の春から仕事で田安家の文庫、つまり松平定信にも関係する資料をみていました。そして、一年たってこの春『田安文庫目録と研究―田安徳川家伝来 』が出版されました。

 松平定信ってけっこうオモシロイ人だったのではないか、と近年ちょっと興味がわいています。好きなタイプじゃないのですけれど。田沼意次の方が好きなのですが、…妙に気になる人です。というより、歩いているとやたら出逢う確率の高い人、というところです。それだけ、文学・絵画のパトロンとして影響力(?)のあった人ということでしょうか。

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